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「うえきの法則」全般(アニメ版/漫画版)の感想ブログ。
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「うえきの法則」3巻
2005年04月15日 (金) 00:00 | 編集
 懲りずに原作感想続き、本日は三巻。第一回目のターニングポイントにして、最後まで続く植木の行動の基幹がここで張られるので、ちょっと心して行きます。
 例によってネタバレ全開、しかも9巻までの内容にちょこっと触れておりますので、アニメ組の方はご注意。

表紙:コバセン・植木・あい
総扉:植木・あい
目次:あい
巻末おまけ頁:清一郎くんとオッサン。
いろんな法則:ガムを口に入れて寝ると忘れてる法則

第19話 初めまして!
 表紙の居眠りコバセンが良いです。眼鏡が無いと、めっちゃキリツグ似だ……いやキリツグのが後なんだけどね(後述)。
 B・Jがやられたことに対するあいちんの反応が死ぬほどドライ。だがそれがいい。植木との対比の上でも、キャラの性格の上でも。こういう「反応の違い」がごくナチュラルに出ているあたりが実はひそかに福地君の才能であり、個性だと思うんですが。
 そして、ロベルト登場。シャボン玉は、アニメでどれだけ効果的に描いてくれるか、今から楽しみ。

第20話 赤と青
 ロベルト戦。植木がここに至ってようやっとストレートな感情の発露を見せる。中盤以降の熱血っぷりが嘘のようだ……。
 赤いしゃぼん、青いしゃぼん、その謎は初めてこの能力バトルを面白く感じさせてくれ。仕組みが判明するのはかなり先なわけですが。とりあえず口でしゃぼん玉作るロベルトが気持ち悪すぎ。
 ラストはそう来るか! とちょっと衝撃。上空から落っことすって。単純だけどまあ、防ぐのは大変だよね。思えば舞空術は偉大でありました。

第21話 ある一瞬
 扉絵は個人的に序盤での最高峰かと。内容も同じく。よく読み返してみると、植木は丸々一話落っこちてるだけ(笑)なんですが、コバセンのモノローグと回想のカットインがこれでもかと盛り上げ。個人的には回想でのちっこい植木が切り株を指差しているコマが一番好きです。木を破壊しちゃ、ダメでしょ。と、この場面の時に思っていたので、すごく嬉しかった。
 あ、あああもしかして、この辺りの流れの為に鈴木桜を切ることが出来なかったのかアニメ版! だったらあの一話、全面的に許す!
 コバセンの独白、あいちんの叫びと泣き顔でさらに盛り上がったところで、その一瞬が。

第22話 ホントの出会い
 お話は凄く盛り上がっているんですが、ロングの人物が絵的にしょぼくてがっくり。頑張れ福地君。
 回想シーンで、チビうえき再来。ホントの出会いが明らかに。
 しかし、この出会いの場面&この後の24話を読んだ時から、頭のなかをまわるまわるまわる……
 こ れ は  よ い  キ リ ツ グ  で す ね !
 ……我ながら毒されているとは思いますが。思わずここで読む手を休めて、巻末の発行年月日を確認してもうたですよ。2002年06月15日初版発行。……ほっと一息。よしよし、いくらなんでも間に合ってない、よね……? しかしビジュアル的にも微妙に被るんだよなあ、コバセンと切嗣。
 ともあれ萌、じゃない燃えシチュエーションに読者をメラメラと燃えあがらせて、コバセン退場。
 ラスト、気の抜けたあいちんと、ボケているようでそっと能力の確認をする植木、やっぱり反応の違いが見ていて面白い。

第23話 木の大魔王
 フクスケは正直、いらない子でした。アニメでは存在をスルーしてくれていいです……。
 教室のシーンでは、切り替えの早いあいちんと、切り替えられない植木の構図。ここではっきりと、ストーリーの主な視点があいちんから植木に移ったことが明らかに。
 感情を一時停止している植木が放っておけません読んでいて。

第24話 コバセンの遺言
 コバセンの植木ストーキング日記が微妙に怖いです。それを読みながらバナナ買ってきて食ってる植木がイイ。
 ※せい‐ぎ【正義】
  ・正しいすじみち。人がふみ行うべき正しい道。(広辞苑)
  ・人の道にかなっていて正しいこと。(大辞泉)
  ・非道を行なう理由。(はてなダイアリー)
「うえきの法則」という作品の前半で、メインテーマとして扱われている、正義。
 抽象的な概念であり、個人主義礼賛の近年、時として負のイメージを内包するものだけに、読んでいて正義という言葉が出てくるたびに戸惑いました。
 こうして言葉の意味そのもの(はてなダイアリーはまあおまけとして)を並べつつ読み返してみると、コバセンの語る正義は確かに辞書通りの正義なんですが、植木の語る正義は、明らかに違う。
 第24話の時点では、コバセンの「思想」ではなく「行動」を受け継ぐものとして一旦落ち着きました。
 その後、正義という観念を振りかざしながらの戦いを何度も繰り返した挙句、最終的にきっぱりと植木が(「コバセンの正義」の呪縛から解放されて)定義する正義は、本来のどの意味からも外れたものへとシフトしてしまいます。
 ちなみにその定義が行われるのは9巻で、以降の「うえき」のテーマは、基本的にこれに則ったものになっています。なおかつ、注意して読み返してみると、10巻以降は正義という言葉は数えるほどしか出てきません。
 多分、本来の意味からは外れた定義をしてしまったために、正義という言葉を使うことによって違和感を醸し出してしまうのを防ぐ為ではないかなあ、とか。
 これが元から用意されていた道筋なのか、王道へと流されていったものなのかは、作者ならぬ身の読み手には知ることのできない領域ですが。
 ……あー長くなった長くなった。ともあれこの話は、正義という概念の意味づけはちょいと棚上げ気味ながら、植木の行動指針をはっきりと指し示して、序盤のターニングポイントになっています。
 初めて能動的に「バトルの勝者となる」ことを決意する。それだけで充分、燃え要素を担っています。

第25話 新担当
 新しい神候補、よっちゃん登場。久々に才の説明。植木以外の能力者の持つ才数は文字通りの桁違いであるということが明らかに。
 基本的にそれだけ。いわゆる、お話を進めるだけの回。
 リアルタイムで植木の才が消えるあたりのテンポは好きです。
 しっかし、相変わらず邪魔なフクスケです。何の為に出したんだろうなあ、この子……。

第26話 215対8の戦い
 最初に目次を見た時、何のことかと思ったら、才数の差でした。レッツインフレ?。
 才をざくざく減らしといて、めっちゃ前向きな植木がイカス。
 ボーロ・T戦開始。
 相変わらず邪魔なフクスk(略

第27話 よっちゃんの正体
 ボーロ戦。
 よっちゃんカミングアウト早いよよっちゃん。
 ここでの「才を駆使した戦い」はなかなか面白かったので、この路線で行くのかと思ったら……ふ。とりあえず「踊りの才」と「泳ぎの才」を真剣に駆使する植木耕助君に、しみじみとため息を。

第28話 頭には頭だ!
 ボーロ戦、決着。裁縫の才でポケットを繕うボーロに、0.2ミリほど萌。
 よっちゃんがうっかりとロベルト生存を口にしたときの、ショックを受けたあいちんの表情・反応がなんだか良かったです。そしてここでもリアクションが全然違う植木とあいちん。いいなー。

 三巻感想、終了。
 う。死ぬ。
 こんな長文書いて、死ぬ。
 気がついたら書き出してから二時間半経過していて、死ぬ。

 でも、「コバセンの正義」については、きっちり文章を立てておきたかったから、ね。
 満足。
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